すっかり時間が経ってしまったな。西日が陰った休憩室でそう思う。
長居をするつもりはなかったのだけどな。進藤はそうとも思う。
発熱の原因についての話だが、一番身近で体験するのは肺炎な気がするな。
確かにな。もちろん外傷後やそれに伴う術後でも生じるし、季節にもよるけどな。
えぇとインフルエンザとが感染によるものっすか?
普段は回復期病棟にいるので、そこらへんはあまり詳しくなくて・・・
この上代と呼ばれる子には面識はあるけれど話すのは初めてだった。しっかりした子だと思う。この前の賑やかな子とはタイプが違うらしい。
街中で、在宅などで発症した肺炎を市中肺炎と呼んで種々の菌が起因となって起こる肺炎なのだけど、最近では様子が違ってきているんだよ。
どういう事っすか?
新しい原因があるのですか?
最近「誤嚥性肺炎」という言葉をよく聞くだろう?ひと昔前は臨床だけで認知されない言葉の一つだったけれど最近はニュースでも聞くだろう。
先輩もテレビ見るんすね!家で本の中に埋もれていると思ってたっす!
君の中で僕はどういうイメージなんだ・・・
へへへと百合ちゃんは笑っている。ちょっと前まで深刻そうに悩んでいたものだけど、すっかりと表情は戻っているな。と進藤は安心する。
それは社会の高齢化も要因の一つだと思うけどね。加齢に伴い筋力が低下するように、飲み込みに関する筋力も落ちる。そして普段通りの食事をしていても気管に入り込み、そして肺炎を起こす。
酷い時には窒息する事もある。そしてこれは入院中にも頭を悩まされる。
食事が取れないから栄養が取れないって事っすか?
そうだね。誤嚥性肺炎についてはいつか詳しく話そうか。そして代わりの栄養摂取方法を選択する必要が有る。
点滴や注入という事ですか?
そうだな。鼻から管を入れて栄養を胃に流す。こう話してしまえば残酷なようだが安全に栄養を摂取し病態を改善させるために必要な事だね。しかし病態が高度であり、場合にはそれすら困難な事がある。
改めて進藤は白波と山吹の二人を見比べる。性格は対極に位置するようでどこか似ているような気がする。そして、その名前は何の偶然か山吹の指導者と同じ名前だ。
チューブで栄養を取れなくなると、大きな静脈から栄養を直接血管の中に流す必要が有る。中心静脈栄養法と一般に呼ばれるね。しかしそれも熱源になる事がある。
体に必要な栄養をとるのにですか?
そうだ。大きな血管である事は間違いないからそこから菌が入ると当然発熱する。まぁ厳重にリスク管理をされているが起こる時には起こる。そしてそれはCRBSI(カテーテル関連血流感染)と呼ばれる
難しい問題っすね。栄養を取らなければ行けないけれど、それが難しい・・・悩ましいっす。
そうだな。特に入院中の急な発熱は誤嚥を疑う事も多い。もちろん明確な外傷や慢性疾患がなければだがな。
山吹と百合ちゃんはすっかりと打ち解けているようで、百合ちゃんも百合ちゃんで成長している。薫の後輩といえ、後輩の成長は嬉しいものだと進藤は思う。
他にも尿路感染症もよく見る。これは寝たきりの人でもよく見るね。その名の通り尿路を通って逆行性に腎臓へと菌がたどり着き発熱する。
聞いただけでなんか辛いっす・・・
腎盂腎炎でしたっけ、確か高熱が出ますよね。
そうだな。だから僕らでも尿の性状などを把握する必要が有る。特にトイレへ行けない患者さんだとリスクも高まるから、可能であればトイレの動作練習も必要だ。
確かにそれだけで熱源が一つ減るっすね!
ふむ。と進藤は頷く。あんなに一人だった薫が普通に後輩指導を行っている
不器用な友人の成長も少し嬉しくなる。
他にも適切な嚥下機能評価と食形態の検討で口から栄養をとりつつ、かつ熱源を減らすことができるね。
確かにやっぱり口から食事はとりたいですからね。安全な食事でさらに発熱のリスクを減らせるなら。やっぱり言語聴覚療法はすごいですね。
熱源の把握とその対策は入院中でも必要っすね。でもやっぱり悩んだら専門家に相談っすね!
進藤・・・何を黙ってるんだ?
ふふーん、顔がちょっと赤いっすねー
まぁ発熱ではない。
普段慣れていないからか直接的に褒められるとやはり照れる。進藤は友人が片方の唇を上げて笑みを浮かべるのが見えた。
ともかく、発熱は結果だからその原因を把握することが必要だ。そして臨床でよく見るのが、誤嚥、尿路感染、CRBSIだけど、他にも慢性疾患の増悪やガン等色々あるから注意するように。-
他人に褒められることもか?
えぇと・・なんだかすみません。
進藤さんにもちゃんと表情があるんすねぇ。
仕返しとばかり友人は笑みを邪悪な笑みを浮かべつつ俺を見ている。生意気な部分はあまり変わらないようだ。昔と同じように。
ただ違うのはここには指導者はいないということだ。
この賑やかなになった部屋の中で少しでもこの友人の肩の荷が降りるなら、進藤は友人の顔を眺めてため息をついた。
白波百合のノート 45
・発熱という現象に加え、その熱源を把握することが必要。それぞれに対応する必要がある。その結果治療が進んでいく。
・誤嚥性肺炎についての話が多かった。よって入院中でも要注意しておこう。
・進藤さんは思ったよりも照れ屋なようだ。
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